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@vbear00のメモ

川端香男里(1993[1971])ユートピアの幻想

洋の東西を問わず、人間は古くから「どこにもない世界」について想像をめぐらし、その世界を物語ってきた。本書は、西洋を中心に「ユートピア」的な思考の歴史を、文学作品をもとに辿ったものである。ユートピアという言葉自体は、16世紀初頭にイギリスのトマス・モアが著書のタイトルとして造ったものである。しかし、プラトンの『国家』のように、それ以前からユートピア的な思考は存在したし、現代のSFもそれを受け継いでいる。ユートピアと幻想を分かつものは、ユートピアはどこにもない社会を描くことで、逆に現実批判を行っているということである。資本主義が広まっていく時代にあえて田園を描いたり、科学技術が広まっていく時代にあえて科学技術の利用が行き過ぎてしまった社会(反ユートピアディストピア)を描いたりする。そうすることで、今の社会ってどうなの?と人々に自省を促すのである。だから、ユートピアは「文学作品の皮をまとった社会運動」という側面も多分にあった。フレドリック・ジェイムソンは『未来の考古学』のなかでこう言っている。ユートピアは「それを現実的に実現するための具体的な戦略や方法がない」弱みがあるが、逆にそれは、「じゃあどうしたらいいのか?」「少しでも実現するためには何ができるか?」といった議論を生み出す強みでもある、と。想像すること、空想することは、それ自体が何か無駄なことなのではない(だから僕は「机上の空論」という言葉が嫌いだ。机上であることと、空論であることは別問題である)。そうではなくて、想像や空想を、人びとや社会がどう受け止めるのか、それに対しどう反応するのか、という点が重要だと思っている。

 

ユートピアの幻想 (講談社学術文庫)

ユートピアの幻想 (講談社学術文庫)