足跡

@vbear00のメモ

Parncutt and McPherson(2002=2011)『演奏を支える心と科学』

音楽心理学と音楽教育学をつながていこうという宣言。

第3章 動機づけ

音楽演奏に関係する動機づけの論点は次のとおり。

  • 価値―期待理論 Expectancy-value theory
  • 自己効力感 Self-efficiency
  • フロー理論 Flow theory
  • 帰属理論 Attribution theory (原因帰属 causal attribution)

 価値―期待理論は、学習者がある活動に対して付与している価値や期待、あるいは信念によって、活動の選択、とりくみ方、成果に差異が生じるという理論である。期待と価値を構成する要素としては、達成価値(attainment value)、内発的動機づけ(intristic motivation)、外発的な実用価値(extrinstic utility value)、認知されるコスト(perceived cost)が挙げられている。それぞれ、課題を達成することがその人にとってどれだけ重要であるか、活動そのものの楽しさや満足感、活動がいかに役立つのか、活動をすることでどれだけ自分に負担があると捉えられているか、を指す。楽器を練習したり演奏したりすることが、その人にとってどのような価値があるかによって、活動の内容・質も変わってくる。

  自己効力感は、ある課題や活動にとりくむ際に、自分の能力や限界はどれくらいかと思うか、ということである。能力が同じでも、自己効力感が高い―自分はできると思う―子どものほうが、良い成績をとるという。しかし、自己効力感=有能感と、先に述べた価値観の関係は検討が必要な問題である。練習の動機づけは、有能感よりも価値観に左右されているという知見もある。

追記:2015年3月18日

今日友人と話していて気付いたことだけれど、動機づけの研究は「動機はなんですか」型の問いは立てていない。結果としてのパフォーマンスと、その遂行以前に質問した意識や価値観のあいだに相関を見出すことで、パフォーマンスはその意識によって「動機づけられた」という説明をくだしている。この方法を使えば、少なくとも動機の語彙の問題は迂回することができ、あとは相関性をいかに因果性に高めていくかという一般的な分析方法の問題にもちこめる。しかし、このやり方は、「回顧的」に行うことはできない。実験であろうと調査であろうと、パフォーマンス以前に意識を測定しておかないといけないからだ。それとも世の中には動機づけ研究を回顧的にデザインしたものがあるのだろうか?

追記:2015年3月21日

第2章 環境からの影響

 音楽的才能の発達には、遺伝的要因と環境的要因の2つが作用すると言われている。同一の学習環境が提供されるのならば遺伝的要因の相対的重要性が増すが、個々人ごとに学習環境異なるならば、環境的要因の重要性も大きくなる。音楽的な発達に関わる環境的要因は、「音楽文化や技術文化といった社会文化的なシステム、家庭や学校などの組織、社会階級や仲間集団といったグル―プ」といった条件によって構成される。個人は、そうした環境との相互作用によって「自身の音楽的才能や活動・経験・価値観などを発達させ、調整していく学習過程」=音楽的社会化を果たしていく。

音楽家が育った家庭環境を調べてみると、親が子どもの音楽活動を肯定的に捉えたり、音楽を楽しむことに重点を置いていたりする特徴が浮かんでくる。また、親自身が(アマチュアであっても)楽器演奏や歌唱をしていることが、子どもが音楽をやりたくなる動機づけとなる。子どもの情緒的な面に触れるのは音楽教師も同様であり、専門家としてのスキルだけでなく、人格的に子どもと合うのかも重要となる。

そもそも、社会的に音楽ができる環境がなければ、音楽的社会化が果たされることはない。ナチ時代のドイツでは、ユダヤ人は自由に音楽活動をすることもできなかった。また、時代によって環境も変化する。ラジオ世代とiPod世代では、音楽経験は異なるだろう。

しかし、こうした家庭と学校の外からもたらされる影響を、研究することは非常に難しい。メディアや友人たちからもたらされる影響を測定したり、評価することは、方法論的に可能だろうか。まして、ひとくちに「音楽を聞く」といっても、接触・消費・利用などさまざまな定義ができてしまうのに、である。そうした問題を扱った研究は少なく、方法論的な議論の必要性がある。

多くの研究は、西洋文化の、しかもクラシック音楽にテーマが集中している。そして、こうした音楽ができる家庭というのは、時間とお金をかけられる比較的裕福な家庭なのである。次のような環境の研究は、今後の発展が待たれる。

・家族内で共有されないような環境の影響

・いわゆるクラシック音楽の範疇に含まれない、ロック・ポップ・フォーク等のミュージシャンを対象とした音楽的発達

・たとえば、若者文化・ファン心理やメディア等、余暇と深く関係する要因が音楽的発達にもたらす真の影響力

ちなみに、ここでは Lucy Green の研究はひかれていない。How Popular Musicians Learn は、ここで挙げられた問題にどれくらいアタックしているのだろうか。

演奏を支える心と科学

演奏を支える心と科学

  • 作者: 安達 真由美,小川 容子,R.パーンカット,G.E.マクファーソン
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The Science and Psychology of Music Performance: Creative Strategies for Teaching and Learning

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