足跡

@vbear00のメモ

Smilde (2012) Lifelong learning for professional musicians

以下の本の著者。Oxford Handbook of Music Education所収。だいぶ前に見かけていたのにスルーしていたけど、自分がキャリア=生涯の中の学習という位置づけをするようになって、おそらく最重要文献の一つになるんじゃないかという気がする。

Musicians as Lifelong Learners: 32 Biographies

Musicians as Lifelong Learners: 32 Biographies

 
Musicians as Lifelong Learners: Discovery Through Biography

Musicians as Lifelong Learners: Discovery Through Biography

 

 生涯に渡って学ぶということは、21世紀の課題の一つとして考えられている。インフォーマル学習やノンフォーマル学習への注目も、そうした関心から出てきているところある。特に、職業との関連性は重要だ。労働環境が急速に変化している昨今では、職業人となってからでも学び続け、変化に対応することが不可欠となっている。音楽家の場合、かつてのように(日本ではかつてにもなかったが)フルタイムの雇用を期待することはできなくなっており、プロジェクトごとに参加していく形式になっている。これをSmildeは「ポートフォリオ・キャリア」と呼んでいる。こうしたキャリアの重ね方をするためには、セルフ・マネジメントや意思決定能力が求められることは言うまでもない。また、様々な要求に対処してくための能力には、教授スキル、即興、汎用的技能が挙げられている。これらの技能を、音楽家が彼/彼女らのbiographyにおいて、いかに獲得したり、活用したりしているのか。あるいは、音楽家としてのキャリアを通じて、アイデンティティがいかに形成されていくのか、などがトピックとなっている。

リーダーシップ

ここでいうリーダーシップとは、部下をいかに指導するのかというものではない。

芸術的リーダーシップは、共同の作業をいかに成し遂げるか、という課題に関わる。佐藤(2012)のいうところの「即興のエチケット」「合奏のエチケット」(即興のエチケットはもともとBeckerの用語である。かつてconventionと言っていたものに近い)や、Green(2002)のいうflexibility and adaptabilityもこれに関連するだろう。「あまり言葉を交わさずとも、演奏を通して会話を行い、合奏ができる」ということが、核心におかれている。言葉は必要ないという点は、Schonのいう専門家の〈わざ〉や、Polanyiの暗黙知とも通じるようだ。

汎用的リーダーシップは、自己調整に近いが、特に職業的な問題に直面した際に、いかに対処するのか、ということに関わる。音楽家の場合、ライフイベントや演奏不安をいかに乗り越えるのか、などの問題が挙げられる。演奏不安は心理的肉体的なセラピーによって対処することもあるが、むしろ、自分の音楽家人生の中で演奏することを、リフレクションを伴いながらいかに位置づけるかの方が、より根本的な解決につながる。それは、メジローのいう変容学習が起こせるか、と言い換えてもいいだろう。これは非常に面白い議論だと感じる。

教育的リーダーシップはあまり詳しく議論されていないが、キャリアの上で教師やコーチを選択する演奏家も少なくないだけに、今後注目されるだろう。holistic teachingという言葉が挙げられていて、音楽を分節化して教えるというよりも、ファシリテーターやコーチ、ピアとして、自身も活動に参加しながら後輩を指導していく、そんな存在であることが求められている。日本の場合、レッスンプロがある種の「上がり」となっているだけに、教育的リーダーシップへの注目も得られるかもしれない。またTaylor and Hallam (2011)が取り上げているように、欧米でもアマチュア→指導者というキャリアパスが存在する。

・Becker, H (2000) The etiquette of improvisation. Mind, Culture and Activity, 7(3): 171-176.

・Green, L (2002) How Popular Musicians Learn. Ashgate.

佐藤公治(2012)音を創る、音を聴く. 新曜社.

・Taylor, A and S. Hallam (2011) From leisure to work: amateur musicians taking up instrumental or vocal teaching as a second career. Music Education Research, 13(3):  307-325 .

 

インフォーマル学習

インフォーマル学習については、あまり語られていない。生涯を通じた音楽家の学習は、インフォーマルな場面によるものが圧倒的に多いということが指摘されるにとどまる。演奏することで学ぶことは、インフォーマル学習に含まれるのでむべなるかなである。インフォーマル学習に関する詳しい記述は、Grenn(2002)の方が多いのかもしれない。Sloboda(2005)は、若い音楽家が自分の音楽人生で重要な意味をもった場面に挙げているのは、家族や友達とともにあり、リラックスして評価をくだされるような状況であったとしている。音楽家の発達において、幼少期の音楽との楽しい接触が挙げられるのは、Purncutt and McPherson(2002)を引くまでもなく、もはや常識になりつつある。

・Sloboda, J, (2005)  Exploring the musical mind: Cognition, emmotion, ability, function.

・パーンカット, マクファーソン(2002=2011)演奏を支える心と科学.

即興

即興についても、あまり記述はなく。即興は、音楽家の動機付けやアイデンティティと密接に関わる。なぜなら、即興こそが、自己の表現であるからだ。即興とはすなわち作曲であるというのは、しばしば見かける言葉である。即興という言葉は、フリージャズやノイズのような即興音楽を指すというよりも、音楽実践に含まれる即興性(Sawyerのように創造性ということもあるだろう)に注目を置くということである。それゆえ、コピーバンドの中にも即興を見いだすことがあるというのは、Green(2002)にある通りだ。

音楽家人生としての学習

Wengerによる実践共同体の構成要素とは、生涯にわたる学習の次の側面について表しているのだという。すなわち、意味=経験としての学習、実践=成すこととしての学習、共同体=所属としての学習、アイデンティティ=なることとしての学習。以前、自分が研究する学習とはlearningであるより、becomingだと書いたが、ここでも登場した。事実、Wengerもそう書いていたのである。

Because learning transforms who we are and what we can do, it is an experience of identity. It is not just an accumulation of skills and information, but a process of becoming - to become a certain person or, conversely, to avoid becoming a certain person.(Wenger 1998: 215)

音楽家のアイデンティティを構成するインセンティブとなっているのは、インフォーマルな音楽活動、即興、ハイ・クオリティなパフォーマンスとされている。遊びで音楽をできる環境というのは、正統的周辺参加をもたらすことになるし、演奏不安を減じることにもなるという。

Wenger, E (1998) Communities of Practice: Learning, meaning and identity.

職業音楽家の教育における生涯学習

学習者が変化する労働環境に適応できるようにするためには、音楽学校も、時代に合わせたカリキュラムを運用する必要があるし、起業家精神なども養う必要があるだろう。パフォーマンスの評価を、技術的な質だけに求めるのではなく、誰がどんな目的で参加し行われたのかというような、文脈の観点からも行うようにするなど、改革する余地がある。こういう評価の仕方は、昨今のアート・プロジェクトと美大芸大生の関わりにも当てはめることができるのだろう。芸術だけで食っていける時代ではない(そもそもそんな時代は存在しなかったが)が、アート・プロジェクト的な文脈に関わっておけば、自らの芸術的能力を活かしつつ、糊口をしのげる。ならば教育機関も、そうした方面での能力を養うように動くのは、必然とも言える。芸大はあんまりそういうことしないと言ったが、アートプロデュース専攻もできるしね。

生涯を通じた学習者のモデルとしての教師

教師の役割は、生涯にわたって学び続ける態度を学習者にしめし、open learning cultureを情勢していくことになる。従来から、芸術活動における教師というのは、メンターのような存在であったが、教師自身が学び続けること、それを後進に見せることが重要になるだろう。

全体を通して、Smildeはlaboratory 実験室という学習環境のあり方を重用視している。そこでは、お互いの演奏を聞き合いつつも、自分の能力を発揮して新しいものを生み出してく、共同の作業が実現される。大学もそうであるべきだとも述べている。芸術活動において、試行錯誤できる場が存在していることの重要性は、平田オリザが演劇と大学キャンパスの関わりという観点でも指摘していたように思う。仲間と好きなように活動に打ち込める空間というのは、学生のうちはまだしも、それ以降手に入れるのは難しそうだ。