足跡

@vbear00のメモ

観覧:『パーソナル・ソング』

personal-song.com

ダン・コーエンによる、音楽を用いた認知症ケアプロジェクト「Music & Memory」を描いたドキュメンタリー。下高井戸シネマにて。見ようと思っていたのにイメージフォーラムの上映を逃していた。都内で見れた良かった。しかし現在、同プロジェクトのウェブサイトが、ISの心棒者によってハッキングされていてものすごく気分が悪い。

Music & Memoryは、介護施設で暮らす認知症患者に、彼らが青年期を過ごした頃の流行曲、彼らのお気に入り曲(パーソナル・ソング)を、iPod shuffle とヘッドフォンを用いて聞いてもらうというもの。音楽を聞いた患者たちは、それまで無気力に暮らしていたのと打って変わって、ビートに合わせて体を動かしたり、若い頃の記憶をいきいきと語りだすようになる。

そうした音楽療法のメカニズムは、脳神経科学的な説明がつく。劇中ではオリバー・サックスが登場し、音楽は、脳の大部分に影響を与え、記憶や運動などを司る分野を刺激すると述べる。認知症によって脳の一部分が機能しにくくなっていても、音楽は健康に働いている部分に刺激を与えることができる。そうすることで、眠っていたかたのような患者は〈覚醒〉する。

とはいえ、自分が関心をもったのは、科学的説明とは別の部分だ。「音楽の本質的な力」をどれだけ評価するかは脇に置いたとしても、Music & Memory が効果をもたらす根拠がある。それは、介護施設は社会から完全に隔離されたアサイラムであり、そうした場所において、音楽は外部からの刺激、あるいは日常の生活の一コマを再現するものとして機能するということだ。健常者であっても、介護施設のような場所に入れられたら、孤独と退屈で無気力になってしまうだろう。それまでは、ラジオやテレビでも、あるいは街角のスピーカーからも音楽があふれてる生活を送っていたのに。そう考えると、〈音楽のある生活〉という、ごく当たり前のことが、認知症になり施設に入れられてしまうと失われてしまう、そのことが、病をより病たらしめているのではないかと思えてくる。くしくも、ニュースでは、JR石巻線が全線開通し、「普通が戻ってくる」「日常を取り戻す」という言葉を報じている。日常を生きること、そして、娯楽を含めた日常の同伴者を持ち続けること。その貴さが身に染みる映画である。